久しぶりのうつ病闘病日記。
前回が7月の記事なので約4か月ぶりということで、そんなに時間が経っていたなんて。
この4か月のことを振り返っていきたいと思います。
まず7月に精神科へ舞い戻り投薬再開、休職をしました。
今思えばもう限界だったのでしょう。
何かがプツンと切れたかのようなコップの水が溢れだしたかのようなそんな感覚でした。
7月の記憶がなくてブログ遡って読んだらヤバい夢見ててわろた(笑)
日常のツイートしてるTwitterも遡って読んでみた。
やっぱりストレスが結構ヤバいラインに入ると眠れなくなる(眠りが浅くなる)のと食欲なくなるのが大きい症状かもしれない。あと飲酒量が分かりやすく増える。
もうそこまで行ったらベッドで横たわる日々に入るしかないんやけど、もし次またしんどくなることがあるならどうにかそうなる前に気づきたいな。
7月は自己嫌悪と人に会いたくない気持ちで苦しんでたみたい。
情緒の不安定さを酒で抑え込むパワースタイルでやり過ごしていたようです。
7月後半には調子がいい時にアマプラやネトフリで映画やドラマやアニメを観て楽しむことができるようになってた。
8月には復職した。
けど復職1日目で職場に居るということに緊張しすぎてしんどくなって早退した。
シフトは「当欠されても職場が困るので他のスタッフでポジション埋めるから自分の体調に合わせて自由に決めていいよ」と言ってもらった。
どう組んでいいのか分からず精神科の予約を取って先生に相談しに行った。
先生がシフトを決めてくれるわけでもないけど「自由にしていいよ」と言われてどうしていいか分からんくなってしまった。
先生は「職場のことは気にせず素直に自分のできそうな時間数とか頻度で組んでいいと思うよ」と言ってくれた。(先生の立場的にそう言うしかない)
うつの症状もまだまだあったから、私がいなくても職場は困らん→私は必要とされてないという認知をしてしまって必要とされるために頑張らないとダメと思って心の底では焦ってた。
シフトを組もうとしても、こうした方が他のスタッフさん達の力になれるかな?とかこの時間はスタッフさんの人数少ない時間やから入った方がいいよな?とかどうしても色々考えてしまってしんどかった。
他にも最大限理想的なシフトの組み方をしないとサボってると思われるんじゃないかという不安とハードルを緩めの設定にすることに対して自分が自分を責めてしまうところがあって、結局1か月で常勤の時間数に戻すようなストイックなシフトを組んで提出してしまった。
復職1日目で早退したのに1か月で常勤に戻れるわけないやろと今なら思うけれどその時はこれだけ迷惑かけているし早くどうにかして必要な人間になりたい!と強く思っていた。
案の定、その後も仕事に行くのが怖くて当欠を繰り返す日々。
むしろ「今日も仕事に行けなかった→自分はダメな人間」という自分で自分を追い詰めるシステムでどんどんしんどくなっていった。
精神科の先生からは「仕事の量の調整を上司とした方がいい。精神科の先生が言ってたって言っていいから上司に調整してもらうのよ。」と言われていた。
私は勇気を出して精神科の先生の言葉を借りて伝えたものの、社長は業務に関しては園長と相談してねと我関せずという感じで、園長は特に何も言って来ず、別に三者面談とか園長と一対一で話する機会が設けられるわけでもなくなぁなぁにされたままだった。
そこで私が自分から声をかけるべきだったのかもしれないけれど、私は私で出勤するだけで精一杯だったのでそんな余裕はなかった。
そんな時に社長から退職の打診をされた。
収入や精神的な回復の面でこのままでは厳しいのではないかと言われた。
確かに常勤の時間数まで戻すにはすぐには難しそうな状態だし何より収入が厳しかった。
そんな状況でもう続けていく気力は残ってなかったので退職させてもらいたいと伝えて8月末に無事退職できた。
退職すると決めてからは何か吹っ切れたものがあって、仕事も行けそうって思えたら行くけどそうじゃなかったら休むと決めて過ごした。
結局、1日も出勤できずに退職したんやけど。
今振り返るとこの職場で必要な人間にならなければならないとか信頼されるようにまた1から頑張らないとダメとか、居場所を作らなきゃいけないとかそういう「~べき」思考に囚われていたことが自分を苦しめていたなって思う。
1回その思考に陥るとなかなか抜け出せなくて困る。
たぶん周りもどうしていいか分からんかったと思う。
急に休職しますって言って来なくなったスタッフにどう接していいかなんて分からんよな。
たくさん迷惑かけちゃったな。申し訳ない。
短い間だったけれどやってみたかった仕事ができてよかったと今では思う。
仕事内容は好きだった。
もし次保育園の看護師になれる機会があったら、オープニングスタッフじゃなくてもう既に業務内容がきちんと決まっているところとか非常勤で働けるところを選んで勤めたいなと思った。
今では大変だったけど経験値を積んだと思ってポジティブに捉えられてる。
そして9月。新しい仕事を始めた。
結局7月8月の2か月間ほとんど働かずにいたのでお金がなくて働くしかなかった。
そしたらちょうどコロナの流行と被って以前入っていた派遣の募集がかかっていたので申し込んだ。
仕事内容的にも負担は少ないし派遣なので無理だったらすぐに辞められるというラフさが良かったのか、9月からバリバリ働くことができた。
今ではほぼ週5くらいの頻度で入っていて手取りが保育園より良い。
勤務時間数も少ないし残業もない。
身体の負担も精神的な負担も少なくてめちゃくちゃ楽に働けてる。
ストレス発散のお酒も全然飲まなくなったし、お昼ご飯用におにぎり作って持って行くとかできるようになった。
職場の派遣スタッフも職員さんもみんな穏やかでまるでどうぶつの森みたいな環境ですごく今の私には居心地が良い!
派遣やしコロナ関係やからいつ仕事がなくなるか分からん状況でちょっと安定性に欠けるのがデメリットやけど、それを越えるメリットを感じているからしばらくはこの仕事を続けていきたいなって思う。
リスクヘッジのために週2~3くらいでも他の仕事を探そうかなと思って探してみたけど私の興味のあるものはほとんど常勤の募集ばっかりで、派遣会社に相談したら今のコロナの状況的にいきなりこの仕事がなくなるのは考えにくいですよと教えてもらったので、募集枠が減ってきてシフトに入れてもらえる日数が減ってきたら掛け持ちとか転職を考えてみようかなと思う。
時々求人も覗きつつ良い感じのがあればチャレンジできればなって思ってる。
なんだかやっと自分はこんな感じでやっていこうって自分の中で固まってホッとしてる。
少し前まで正社員じゃないとダメみたいな価値観がどこかにあったけど、そうじゃなくても看護師は生きていけるということを色んな派遣スタッフさんたちから教えてもらった。
そういう生き方でもいいのかって思えて固定概念を壊してもらえた。
めちゃくちゃ嬉しい。
なんかちょっとだけ自由になれた気がする。
自分がそれでいいって思えてるならそれでいいんだよって言ってもらえてるような気持ちになった。
仕事が落ち着いている時は本を読んでて結構色々読めた。
・湊かなえ「花の鎖」「豆の上で眠る」「母性」「未来」「ポイズンドーター・ホーリーマザー」「夜行観覧車」
・若林正恭「ナナメの夕暮れ」
・服部みれい「なにかいいこと」
・辻村深月、乾くるみ、米澤穂信、芦沢央、大山誠一郎、有栖川有栖「神様の罠」
・綿矢りさ「勝手にふるえてろ」
・米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」
・東野圭吾「魔球」
・中脇初枝「きみはいい子」
普段ほとんど読むことなかったからこれだけ読めて嬉しい。
図書館に行ってみようかなって思ってる。
あと最近また刺繍を再開した。
時間を忘れて集中して完成したら嬉しくて楽しい。
SNSに載せると見てくれる人がいることも嬉しい。
刺繍用のインスタも作った。
アカウント名「chiro__ss」です。
よかったら覗いてみて下さい!
来年の関ジャニ∞のツアーのチケットが取れて嬉しい。
SixTONESは来年アルバムをリリースするしツアーもやるって。
年末にはジャニーズフェスというライブがあるみたい。配信があったらいいな。
楽しみができて嬉しい。
私の中ではこの4か月結構目まぐるしく過ぎ去っていってしんどい時間もあったけどそこから学ぶこともあったし、無駄な時間じゃなかったのかも。
その時は時間を無駄にしてる感覚でいっぱいになって焦るからネガティブに捉えてしまうけどね。
今はこんなに嬉しいこととか楽しいこと思えることがあって良かったです。